「焼きたてメロンパンいかがですか?」という声を上げる私と、何も声を出さずに「焼きたてメロンパン販売中」と書かれて立っているのぼりとで、私のパン屋さんの経営が支えられています。私は今、改造した軽自動車を使って、移動販売のパン屋さんを経営しています。私がこの移動販売という方法をとったのは、店舗を持つということに対して、その賃貸費や維持費、さらにスタッフを雇用するための人件費を考えた場合、1人でコツコツと行うことのできる移動販売の方が、コストを抑えることができると考えたからでした。また、遠くに住まわれている方々にも、私の焼いた自慢のメロンパンを知っていただき、その味を好いていただくには、自分から動いて売りに行ったほうがいいと思ったからです。
そうした考えのもとで始まったこのパン屋さんは、のぼりがなければ成り立ちません。なぜならこののぼりには、「焼きたてメロンパン販売中」という、広告の効果があるからです。これを見られた方がメロンパンに手を伸ばしてくださったときは、本当に嬉しい瞬間です。そんな効果のあるのぼりには、ある秘密が隠されているということに気がつきました。それは、こののぼりをお店に対して右側に立てるか、左側に立てるかによって、お客様の並ばれる列の向きが変わるということです。最初の頃は、お店に向かって右側にのぼりを立てていたところ、お客様の列が左側にできていたのですが、あるときふいに左側にのぼりを立てたところ、その列が綺麗に反対側を向き、右側に列が作られました。
私はこれに気がついたとき、人は自然とのぼりの前を避け、他の人にものぼりが見えるようにするものなのではないかと考えました。もちろん、最初はこれが偶然に起こったものかもしれないと思ったのですが、これに気がついてから確認する意味を持って、何度かのぼりを立てる位置を左右に振ってみたところ、やはりのぼりと反対の向きに列ができることが発覚したのです。私はこのとき、すごい雑学を身につけたような気がしました。列の向きを左右できるということは、例えば、移動販売先で同業者と出くわした場合、その自動車の前に列を作ってしまっては、失礼極まりない行為です。そんなとき、このように列を自由自在に誘導することができるのならば、そういった迷惑をかけることなく、自分のメロンパンを販売することができます。これはのぼりによる雑学の1つで、自分で学んだ出来事でした。